2011年02月26日

安留奈の韓国伝統芸術世界 「湖南嘉楽―호남가락」

韓国伝統芸術世界「至高の調べと舞の饗宴」が今、日本で繰り広げられる
韓国伝統芸術世界の次世代を担う安留奈自身が構築してきた音と舞の世界。国宝姜貞烈による、「古制伽倻琴(カヤグム)竝唱」。「三絃六角」最後の名人達による「大風流(チャンゴ)」の調べに合わせて、国宝李梅芳の脈を受け継ぐ陳裕林が舞う、ダイナミックな僧舞。京畿カラックに合わせ、杖鼓を打ち、踊る事に定評の高い卞仁子の杖鼓舞など。韓国伝統芸能全てのジャンルの最高峰のアーティスト達が一堂に集まる。
湖南嘉樂チラシ表web用.jpg湖南嘉樂チラシ裏web用.jpg

◆日時2011年3月19日(土) 昼公演 15時開演、夜公演 19時開演

◆場所青山銕仙会能楽研修所
東京都港区南青山4-21-29
地下鉄表参道駅下車(銀座線・千代田線・半蔵門線)A4出口より徒歩3分

◆プログラム
 伽倻琴散調、伽倻琴竝唱(沈清歌、春香歌)、サルプリ舞、僧舞、杖鼓舞、民謡連曲

◆出演者安留奈(アンユナ)
在日3世。韓国重要無形文化財第23号伽倻琴散調及び伽倻琴専修者。
国宝姜貞烈氏に伽倻琴散調及び伽倻琴竝唱を、民俗国楽界の第一人者である金茂慶氏と宮廷音楽のスペシャリスト現・韓国国楽院芸術監督金漢昇氏にヘグムを、名舞の名高い陳裕林氏に伝統舞踊を、それぞれ師事した。

【特別出演】
姜貞烈(カンジョンヨル)/伽倻琴竝唱/韓国重要無形文化財第23号伽倻琴散調及び伽倻琴竝唱芸能保有者
陳裕林(チンユリム)/僧舞/韓国重要無形文化財第27号僧舞及び97号サルプリ舞履修者
卞仁子(ピョンインジャ)/杖鼓舞/舞集할미꽃(halmiccot)舞踊監督
金清満(キムチョンマン)/杖鼓/韓国重要無形文化財第5号鼓法芸能保有者
崔慶萬(チェーギョンマン)/ピリ/扶餘郡忠南国楽団芸術監督
金茂慶(キムムギョン)/アジェン・ヘグム/韓国国楽協会器楽分科委員長
李鐵柱(イーチョルチュ)/テグム/民俗楽会シナウィ代表
李相鎬(イーサンホ)/鉦/第一回順天パルマ鼓手大会大統領賞受賞

◆料金5500円

◆主催安留奈の韓国伝統芸術世界「嘉楽の会」

◆チケット購入、問合せ
 安留奈 TEL.080-4357-1087 E-mail:piapiari@yahoo.co.jp


チラシを作成させて頂きました。
【WORKSの最新記事】
posted by 高橋 at 22:06| WORKS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月29日

9月25日「昇天落如月」

チラシ作りました。
これから恐れ多くもプログラム作ります。
原稿見ただけでわくわくします。
表.jpg裏.jpg
posted by 高橋 at 01:15| WORKS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月18日

芦花ホームを訪問して

 老人介護施設は、需要と供給が非の打ち所無くマッチしていて、今後も開拓が進められていくだろうビジネスチャンスの場であると思う。ただし、人間が生きていく場である。考えれば考えるほど、気が重いし、よく分からなくなる。
 私の身近なご年配の方は、「俺は焦っている。若いやつは誰も知らない。俺しか知らない事がいっぱいある。」とおっしゃっていた。それを聞き、私は始めて、後世に伝えたいという意思の存在を知った。人は齢をとれば、身体の動きが鈍くなる。一線で活躍していた人間が、老いのせいで身体を動かす事がままならなくなる、なんてどのような恐怖である事だろう。きっと、そうなった時、後世に託したいという思いがが芽生えるのだろう。もしかしたら、人生にはステージの様なものがあり、その時々の役割みたいな物があるのかもしれない。だとしたら、若い私の役割は、その思いを受け止める事なのかもしれないと思った。
 多かれ少なかれ人は、死が近づいた時、誰しもが後世に伝えたいという思いを何かしら抱くのではないだろうか。そして、死ぬまでの時間を潰しているのではなく、最後までよく生きたいと、誰しもが願っているのではないだろうか。
 しかし、老人介護施設に入居している方は、御自分の意思を伝える事ができなくなっている方がほとんどで、又他者がその思いを汲み取る事も至難ではないかと思う。そこで他者がその方々に何をしてあげられるかと考えた時、できる事の一つに文化の供給があると思う。文化とは我々が先日させて頂いたお茶会もその一つであるし、絵を描くこと、何かを作ること、音楽を聴くこと等、もさることながら、美味しく食事をとる事、おしゃべりをする事、身体を動かす事、等も含まれると思う。 あらゆる生活の中で、意図的に美学を持って(例えば、美味しいとか、綺麗だとかと思う事)行う事がすでに文化に成りうるのではと思う。まさに茶道とはそういう芸能ではないだろうか。
 ただし、老人介護施設は、あくまでも会社であり、ビジネスの場である。文化を供給するために、ボランティアというシステムを使わざわるを得ない。ボランティアとはよく言った言葉で募集する側にも行う側にも大義名分を与える事ができる。つまり、してもらって当然、してあげて良い事したという数列が成り立つのである。
 私は以前、とある一流の音楽療法士のお仕事の場を見学させて頂いた事がある。膨大な理論と裏づけに基き、何度も試行錯誤したであろう方法を用い、なんとも暖かく優しい言葉と表情と音色を使うその様に、私は大変感銘を受け、感動した。これもボランティアだという。「私はお年寄りが大好きなの。お年寄りに喜んで頂けるならそれで良い。」と、おっしゃっていた。
 デフレで不況の烙印を押されてしまった昨今の日本で、今後文化がどの様に在るのか気が重い議題であるが、こんな時は、じきに文化が必要とされる日がくるはずだ。その時、社会の受け入れ態勢がどうなっているかは案じられるが、結局我々ができる事は、黙って芸を習得し、鍛錬する事しかないのかもしれない。
posted by 高橋 at 01:59| 作文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月31日

アワード発表を終えて 

 私が最も危惧している事は、愛すべき日本の伝統音楽の良さが、失われていく事である。しかし伝統とは、取捨選択され、移り変わりながら後世へ継承されていく物である。この自然の流れに抗う事は不可能であるが、少しでも良い方向へ流れて欲しいという願いのもと、今回の演奏会を企画した。

 私達50期の会は現代邦楽の演奏を中心に活動してきた会である。私達が演奏してきた現代邦楽曲は、ほとんどの物が、西洋音楽の手法によって作曲された物である。西洋音楽は素晴らしい音楽であるが、その常識や尺度を持って、邦楽を理解する事はできない。西洋音楽と邦楽は育ってきた環境がまるで違うのだ。それらの美しさや良さは違うところにあり、熟成されてきた方向性もまた異なるである。そして、特に西洋音楽で美しいとされる所は、邦楽の美しさと反するところにあり、西洋音楽の美学を持って日本の伝統音楽と接すると、その美学を打ち消してしまう可能性を秘めていると思うのだ。

 例えば、英語と日本語は全く別の言語である。そしてこの事は至極当たり前の事実として認識されている。音楽においてもこれと全く同じ事が当てはまると私は思う。世界にたくさんの言語が存在する様に、世界にはたくさんの音楽が存在するのだ。こと邦楽技能者に至ってはこの事を認識して欲しいと私は願っているのだ。

 以上をふまえ、50期の会でできる面白い演奏会とはどんな事だろうと妄想し、出てきたのが鹿鳴館であった。鹿鳴館では、それまで着物を着ていた日本人が一生懸命ドレスを身にまとい、見よう見真似のワルツを踊ったのである。西洋人から猿真似と称されたダンス。嗚呼それはどんなに滑稽だった事だろう。そしてなんと愛おしいのだろう。

 私が愛すべき日本の文化の特徴の一つは「ぱくる」事である。日本人は、物真似をし、それを日本の価値観で独自の物に変容させ吸収する事が得意であると思う。私はこの独特の価値観が愛おしいのである。現代邦楽の一つの可能性として、西欧諸国ではない国の民俗音楽を邦楽器でぱくってみてはどうか、と私は考えた。更にぱくり先は出来るだけ日本に近い地域から始めてみた方がしっくりくるのではないかと考え、今回、東アジアと東南アジアの音楽の中から私が好む物を選んだ。

 私がこの様に考えている事は、今回の演奏会にお運びくださった方に、きっと、あまり伝わってないだろうと思う。会のメンバーにも伝わっていたかどうか自信がない。私は自分を守る為に、途中で伝える事を放棄した。伝える為の語彙力も精神力もなかった。結局今回の公演は、私の自慰行為だったと取られても仕方が無いと思っている。しかしその一方で、今日の現代邦楽界にとって、決して無益な演奏会ではなかったと自負している。

 今回の演奏会を成功させる為、たくさんの人が動き、協力をしてくれた。私は彼らから多くの大切なものを与えて頂きご教授頂いた。そのせめてもの恩返しとして、私はこのコメントを50期の会としてではなく、第4回演奏会代表として、自分の言葉で書かせて頂く事をどうかお許し願いたい。

 伝統を存続していく為には現代邦楽の存在が必要である。そして我々の様な若者が笑顔を作らず真摯に邦楽器を演奏する様には、それだけで、多くの方に影響を与える力があると思っている。
 50期の会の面々はそれぞれが皆、各々の苦しみをかかえ、それと戦いながら、演奏活動を続けている。ただし50期の会が集団で対等である以上、一人一人が己を理解し、互いを思いやり、分別をわきまえる事ができなければ良い演奏をする事はできない。そしてあらゆる創作の現場で必要な事は、それが良いと、美しいと、面白いと感じる事だと思う。私は今回の公演の真を切った事で、少し霧が晴れた様な感覚がある。これは紛れもなくメンバーのお陰である。
 私がこの事に対してメンバーに、この演奏会に足を運んでくださった方々に、そして私を支えてくれた全てに存在に、このご恩を返す方法があるとするならば、それは己の芸を精進し、邁進する事しかないと考えている。



posted by 高橋 at 02:30| 作文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月30日

第57回 で、ちゃんごがなんだったんだっけ?

2009年11月9日 池袋辺りにて
ソンハくんとおしゃべり8

posted by 高橋 at 18:35| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第56回 集団創作は?

2009年11月9日 池袋辺りにて
ソンハくんとおしゃべり7

posted by 高橋 at 18:21| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第55回 バターチキンうまいね 創作とは?

2009年11月9日 池袋辺りにて
ソンハくんとおしゃべり6

posted by 高橋 at 09:34| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第54回 言い訳を探してみる

2009年11月9日 池袋辺りにて
ソンハくんとおしゃべり5

posted by 高橋 at 09:22| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第53回 バターチキンください

2009年11月9日 池袋辺りにて
ソンハくんとおしゃべり4

posted by 高橋 at 00:33| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第52回 ナンのおかわりください

2009年11月9日 池袋辺りにて
ソンハくんとおしゃべり3

posted by 高橋 at 00:26| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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